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2006年4月25日 (火)

JR

JR福知山線の事故から丁度1年と言うことで、各マスメディアでは大々的に取上げて、あの忌まわしい事故の検証や遺族を含めたさまざまな意見を掲載している。

当然ながら、インターネット上の掲示板においても、それに纏わる多くのコメントを目にするが・・・

 

掲示板の中では、励まし、悲しみの同意のコメントが多くあるなかで、『コイツは何を考えているんだ』と憤りたくなるものも、また多い。

あえて、それらの文言を改めて掲示する必要性も無い(掲示したくも無い)が、軽々しく、しかも公開される場において、常識のかけらの無い輩が、多く存在していることを再認識させられ、失望すら覚える。

当然ながら、あの事故に直接関わる事がなかったために、関わった当事者、あるいは関係者と同じ気持ちになることは不可能だ。また、『同じ気持ち』を持つことなど、何らかの似たような体験を持っている人間でなければ、その言葉すら軽々しい。

しかし、誰が目にするとも分からない、ある意味”公”の場において、安易な文言を掲示できる彼らの深層心理は『どうなって構成されているのか?』と疑いたくもなる。

いつ自分もどのような事故に出くわすかわからない中で、安易な発言を繰り返す本人もしくは、その家族・近しい人間が亡くなった時に、そのように書かれている・・・と知ったら、自分はどう思うか、感じるか・・・ それを考えれば、自分の発言の安易さに気付くはずなのに・・・

人の痛みを知らぬ者は、その存在すら消えうせて欲しいと願うのは、行き過ぎだろうか?

あの事故の際、自分の周囲にも少なからず、そのような人間が存在していたのも事実。笑い事ではない。

事故の当事者でなくとも、その影響の大きさ、周囲の人間に少なからず関係者が存在する可能性があるのなら、少なくとも関係者にとって気持ちを逆なでするような発言・態度はするべきではない(特に、自分は地元に居たのでそう思うのかも知れんが。) 全く関係者のいない場所で、笑いながら『あの事故スゲェよな~』なんてほざいている人間全てに、自分は軽蔑の目を向けてしまう。

繰り返すが・・・当事者でなくとも、悲しみを共有できなくとも、最低限の節操はわきまえて頂きたい。

そう思う、今日一日でした。

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コメント

前回の記事に関して>
人差し指と、親指の先でつまむんです!!
決して指の腹でつまんではなりませんw

そして今回の記事に関して。
福知山線の脱線事故に関しては、報道すら目をそむけてしまいます。電車に乗れなくなってしまうという恐怖から。
ネットという匿名社会で、軽々しく対人間ということを知りながらも非人道的な書き込みをしてしまうというのは、これまでの人生の経験によるのではないかと感じます。教育の責任って、大きいですよね。

投稿: kakki | 2006年4月25日 (火) 23時48分

Kakkiさん

すんません!思いっきり鷲づかみしていました~!!!

そりゃ大量に肉掴んでしまいますゎ・・・

ルールに則った掴み方をしましたが、むくんでいないようです。良かった~。


教育の責任は確かに重いです。しかし教育は、教育者は教壇に立つ教師方々だけではなく、鏡となるべき親であるのですよね。

一歩一歩、できることからコツコツと・・・

投稿: かめきち | 2006年4月26日 (水) 21時20分

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