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2006年7月29日 (土)

何を信ずるか?

様々なシーンで、判断をせねばならんときは必ずある。

そのときに、何を信じ判断するか。

 

結論から言うてしまえば、自分しか信ずるものはなし。

 

 

 

言うても、自分以外の全ての話は 話す人間のそれぞれの個々のメリットになることを前提に話をしたり、それを基に判断を仰いだり。

それが当たり前やし、当然なんや。

 

 

その中で、自分が判断を下す場合、自分の見識以外信じれるものはないし、他の何者の意見に同調して決めるのは得策ではない。

それぞれ、判断を委ねようとする相手は、相応のメリットはオープンにするが、デメリットは見えないように画策される。それだけを基に判断を安易に行えば、けして良い結果には繋がるはずはない。

様々な謀議、密議、利害、工作が横行する中で判断するには、内容の本質を見極めるチカラと見識を持たねば為らない。

それを実行しなければ、自分が起こり得るデメリットを被る結果となろう。

 

 

 

本質は、飾られた言葉の奥にこそ隠れている。

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