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2007年5月30日 (水)

イメージ。

何も変わらない日常
この中で、常に意識を持っていれば少ない変化に
気付いたり、いままで読み流していた内容のひとつに
アレ?って思ったり

それを持つことでブログネタ・・・
もとい、疑問を持ちそれがなぜなのか、を考える
きっかけとなりうる。
 
ショーモナイことでも疑問を抱けば、脳は活性化する
「あの大型ダンプの運チャンがネクタイ&スーツ姿やったら・・・」
とか
「あのイケメンが、実は足臭くて、ドーショーモナイうなじフェチ違ゃうん?」とか・・・

思いをめぐらせるだけでも変わってくるで~。
 
日々読む新聞でも、片隅に追いやられているような
記事に目を向けるだけでも意外な発見もあるしな。
それが実は重要やったり。

オモロイもんよ。

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2007年5月29日 (火)

亡国。

松岡さんが亡くなり
坂井さんが亡くなった昨日
 
”きっこの日記”では
 
坂井さんへの弔いの言葉を投げかけながら
松岡さんに対してはそれはなく、ただ批判を
繰り返すだけに終始していた
 
人間死すれば平等やろ?
そこで思想的側面を露骨に示し、死者を
蔑む態度は、人として道に外れているのでは
ないやろうか?
 
主義主張を述べ、思想をアピールすることは
自由だから良い
ただ、どんな理由にせよ、死者を区別し、自分の
思想をこじつける姿勢には共感し難い
 
なぜ、あんなに有名になったのか不思議なほど
偏向主義・排他主義的内容ではあるな。
 
 
議論とは
相手の言い分を汲みし、持論も展開することで
なお良いものにすることであろう。
それが無ければ何も生まれないん違うかな?

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2007年5月28日 (月)

今日は私事ですが・・・。

あまりにも衝撃的で、気持ちの整理がつかないのです
それはZARD坂井泉水さん事故死についてです
死については様々な憶測もあろうかと思いますし
それが出るのが世の常。
ただ、今回に限っては私は"お亡くなりになった事実"
だけを捉えて書き綴ります 
それ以上何も問いたいと思わないし、起こった事実・
悲痛を軽減することなぞ出来ないのですから

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私にとってのZARDは、まさに青春そのものであり
多感な時期に一番良く聞いたアーティストであった

彼女の綴る揺れる恋愛感情を綴る『元気になれる歌詞』や
『時に切ない』歌詞、耳に心地よく入ってくるヴォイス、それに
マッチするメロディーは何物にも代え難かった。

その、私の思い入れが強く一番大好きな人が逝ってしまったんだ
この悲しみとショックは、言葉では言い表せない、言い尽くせない

人の死というものは、いずれ受け入れなければならない
生在るものは必ず死が訪れる・・・そんな分かりきったことでさえ
素直に受け入れられない自分が居る

私の多感期であった90年代では、彼女のメロディーは途切れることは
無かったし、常に私の傍で心地よく流れていた

彼女の携わっている楽曲は全てといいほど買い漁った記憶が真新しく
そこから好きになったアーティスト・人物が多い
WANDSや大黒摩季、織田哲郎、DEEN・・・言うなれば彼女が在籍した
ビーイングの戦略にまんまとハマっただけに過ぎないのだろうが
彼女が詩を提供していたり、バックコーラスに参加している・・・
それだけで買い漁っていった それゆえに音楽にどっぷり浸かり
今の自分の一部になっているのは紛れも無い事実である

ちょうど恋愛やら何やらと、浮き沈みが激しい年頃
そんな時に彼女の音楽に耳を傾けるだけで、喜びが増幅したり
逆に励まされたりと・・・非常に素直に感情をコントロールできた。
音楽と言うのはそう言うものでもあり、人にとってかけがえの
ない時期を共に過ごした恋人のようなものだと思う。

彼女を知ることができた機会に感謝しているし、彼女の音楽を
聞くことができた幸せに感謝している

彼女は間違いなく日本の音楽史にひとつの功績を残している
彼女が作り上げてきたものは、多くのファンを魅了し、ファンでは
無くとも、記憶の片隅に音楽が残っていることを誇りに想い
一ファンとして嬉しい気持ちでいっぱいだ。

まだまだ作り続けて欲しかった無念はあるが
いまはただ彼女が安らかに天国へ向かわれている事を祈る
だけである 心より冥福をお祈りしたい

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これは別ブログで書いた記事をそのまま転記しました
書けることはこれに書いたし、これ以上書く気が起こらないので・・・
申し訳ありません。

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2007年5月25日 (金)

この国は困難にぶち当たっている。

久々に書いてみよう。
 
いまこの国を見て、何か感じるところはなかろうか?
 
極度の過保護化、中朝のプロパガンダとなりさがっている
政党・団体・組織、偏った思想
 
この国はどのような将来絵図を描いているんやろう
 
偏向思想、その思想に犯されている報道機関、政治の
場に跋扈(バッコ)する政党・・・
数え上げたらキリがない
 
他国と同盟を叫びながら、カネだけ出して円満解決を
図ろうとする拝金国家
たかだか国防ひとつもマトモに作り上げられない国家
イメージ戦略にまんまと嵌められている国民
本当に必要な相手との国交を深められないジレンマ
 
全てが悪循環の中で右往左往しているに過ぎない
 
国民が真実を知ることなく、ねじまげられた情報だけを
見せ付けられ、それを盲信してしまう現状に憂いを
感じるのはオカシイのだろうか?
 
この国は決して安泰ではないし、安全でもない
 
隣近所を見れば、軍事力を増強している中国、
ミサイルをいつでも撃ち込める用意のある北朝鮮
エネルギーを盾にし存在意義を高めつつあるロシア
中国の対台湾観と戦略要素ゆえの影響
 
けして表立って見えることは無いことも含めれば
臨戦態勢といってもおかしくない場所に日本は
存在している
 
綺麗に並べられた言句、即に極論で畳み掛けようとする
論点こそ疑うべきであろう
 
 
この国にいま必要なのは、確固たる信念とアジアでの
信頼関係、そして自分で自己の身を守る力 である
  
無防備なまま攻め込まれて成す術もないことほど
愚かなことはない
 
事実に目を向ければ、自ずとこの国の置かれている状況が
見えてくるはず。
  
 
ちなみに・・・
けして戦争を助長しているわけやない。日本の地政学的視点と
外交でのやり取りを”直視”すれば、どういう意味を説いているのかは
分かって頂けるはず、である

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2007年5月24日 (木)

真実は一つ。

世の中、どんなに綺麗事を言っても真実はひとつ。
 
心躍るような言葉も、突き詰めれば裏があり
素晴らしいことを謳っても、事実とはかけ離れている現実が存在したり。
 
 
 
人を信じる・・・これは本当に信じれる相手を見極める自分が居てこそ
意味のあること。何もかも信じるのはけして得策ではないと、俺は思う。
 
他人なんて自分の都合のいいように物事を言うもんよ。
 
それを判別できる自分を創るために、様々な人間との付き合いや
交流が必要なんさ。その中で自分が必要とし、必要とされる関係が
構築できるもんやて。損得勘定抜きにな。
 
 
裏切られて悔しい思いをする前に、自分でジャッジメントできること
見つめるべきよ~。
 
 
自分がいま頼られている と思っている場合、それが心底からくるもの
なのか、はたまた損得を踏まえてのものなのか・・・いっぺん考えてみるべき
 
自分で”頼られてる”と思うってことは、おおかた自意識過剰か、自分にとって
有利・有益になる付き合い方しかしてへん事の方が結構多いけど。

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2007年5月23日 (水)

いくら説いたって・・・。

もし、誰かが悩みを抱えていたり、相談事をうけたらどうする?
アドバイスするよね~。助け舟出したり、相手の身になって
考えを提案するよな。
 
しかし・・・その対応っちゅーか、アドバイスの仕方で
結構多いのは、一方的な考え方を押し付けようとすること。
表面的には、Youの考えも分かるYo!な形態をとるけども
結論は、絶対自分の思う方向に持っていこうとする。
 
相手がどのような状況下におかれ、いまどんな気持ち・思いを
持っているかに関わらず、自分の価値観を基に話をしようとする。
 
これが結構イタい。
相手も、『んなこと言うテルんちゃうねん』や『そんなこと言われても
無理!』って思ったり、反抗してしまったり。
 
相手の価値観をも量り、話をすれば解決もしくは、相手の苦痛を
取り除いてあげることも可能なのに、持論を展開し自己満足
って結構多いよ!
 
相談事や、悩み相談は
二つの価値観を持って望もう!
 
これが何より肝要~。
 
 
※ちなみに今日の記事は
本日、ある方とお話しててそう感じたんよね~

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2007年5月22日 (火)

自分へのメッセージ。

ブログでもいろいろ書いてるけど、
別に誰かに向けて・・・ってよりも
自分に向けて書いている感が強い。
  
いつか自分が見たときに・・・
『俺、エェこと書いてるやん!』と自己満足に
酔うために書いている
 
のではなくて、
今思っている気持ちを5年後10年後に持っている
とは限らない。
人は成長するから考え方も磨かれていくのと共に
自分が嫌っている自分になっている可能性も大いにある。
 
そんなとき、
今のブログを見返し、何かを省みて自分を見つめ
なおすきっかけになるかと思うのね。
 
『昔はこんな考え方やったんか』と思ったとき
その考えの根底に何があったのかをたぶん
将来の俺は推察するやろ。
 
それを読み解き、意味を理解し、将来の自分が持つ
想いと何かしら化学反応を起こすかも知れんしね(^^♪

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2007年5月21日 (月)

本当の優しさとは。

今まで『相手の気持ちを慮る』ことに関連して
結構いろいろと記事を書いてきた。
そのことを主題において書くこともありゃぁ、
他の主題の記事の中で絡ませたり・・・。
 
  
 
けどね・・・
人の心や気持ちを量り、思い遣るのって一朝一夕に
できるもんやあらへんのよね。
幾ら素晴らしい本を読んでも、良い話を聞いても、
それを実践しようとしたところで、すぐに身に付くわけではないし、
そもそも、そのような刺激を受けて即実行しようとする時って大概、
”自分は人の気持ちを知る人間”であることを実感し満足したいだけ
に過ぎひん違ゃうかな?
だからこそ、そのような行いをしても、関係の無い他人に『俺はこんなに
素晴らしい』『相手を思いやる人間なんよ”』ってことをアピールしたくなったり
実際そうしていたり・・・。
 
本当に、自分の奥底から湧き上がる相手への思い遣りというのは、
そのような私欲が無くなり、本当に相手を真っ向から見据えて
”今、彼(彼女)には何が必要か”を論じ、諭すことではないやろか。
時には母のように優しく、時には父のように厳しく・・・それの両方を
備えることで初めてそれが意味を成し、相手にとってかけがえの無い
ものになるんやと俺は思う。
 
ただの”聞き上手”・”いい人”だけでは何も生まれない。生み出せない。
 
その上、真剣でなければならない。
相手の言い分がどうであれ真剣に聞き、相手には”今何が必要か”を
どこまで汲み取るかに他ならん。そう思う。
 
相手が挫けているとき、思い通りにならないときに”優しさ”が必要なのか
”叱り”が必要なのか・・・。充実しているとき、同じ気持ちを持ちや喜びを
共感できるか。行き過ぎそうになるとき、歯止めをかけてあげられるか?
 
いろいろな要素を”やらしい根性”抜きにして向かい合えることこそ
本当の心のつながりになり、何にも勝る宝になる・・・そんな気がする。

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2007年5月19日 (土)

振舞い一つ。

”振舞い”って結構重要やと思う。
自分が他人から見てどのように見えているのか?
立場ある人間ならなおさら必要なものになろう。
 
 
「自分がどう思われているか?」なんて低レベルのもんや無くて、
自分の一挙手一投足が、周囲にどのような影響を与えているか、
を常に考えることを言うてるんよ。
  
 
周囲にとっての自分の存在 を見つめなおしたとき
必ずこの問題に直面するはず である
これに気付きがあるかどうかって、結構大きいで。
 
自分の行動や言動が、周りの人間のテンションを
左右する場合、これは特に重要な点、
 
それこそ、清廉潔白・一所懸命を地で行かねば
ならん。見せ掛けやのーて。
けして”必死になってます”を見せ付けるではなく、
本気になっているとき、周囲はそれを理解し
発奮するもの。
 
 
”自分が変わらないと周りは変わらない”
この気持ちを持てるか否かが、大きく将来を左右する。
 
”今の自分”が適切でもなけりゃ、当たり前でもない。
常に磨き続け、輝かなければ何も生まれない
輝き続けることは”成功”すること が全てじゃない
人間として、周囲から尊敬される人格を持つ
これも一つの~輝き~でもある。
 
よく勘違いされるが、”栄光や成功”がすべての局面に
おいて周囲の心を掴む、とは限らない。
分相応と言う言葉があるように、背伸びしたって仕方が無い
自分にふさわしい、自分が煌く生き方って絶対ある。
それを粛々と続けることが、人の気持ちを・心を掴む
最善の方法やと俺は思う。
 
 
 
ちなみに、清廉潔白の意は
「心が清くて私欲がなく、後ろ暗いところのないこと」
である。

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2007年5月18日 (金)

楽しもう。

人生・・・
何や言うても楽しまんと!(^^)!
家でも、仕事でもね。
 
”楽する”をするのと
”楽しむ”のとは違うわな~。
 
”楽する”は受身やけど
”楽しむ”は率先。
 
楽することは怠慢
楽しむことは快感。
 
 
楽することの繰り返しが
人生の質を落とし続け、
楽しむことの繰り返しが
人生の質をさらに向上させる。
 
 
 
自ら笑って行動できる
そんな環境は、自分しか作れない。

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2007年5月17日 (木)

全ては自分次第。

他者を非難する前に、自分がどう在るべきかを考える。
何かを実行したいなら、まず自分がどう在りたいのかに考えを馳せる。
 
  
  
この前そのような話を、ある方と屈託無く話した。
 
他人の欠点は気になるが、そんなもんは排除して自分のあるべき姿を
思い浮かべよう。
他人の欠点は治せなくても、自分の在り方は追求できるし成長させられる。
 
『何か』をしたい、やり遂げたいなら、まず自分の在り方に思いを馳せよう。
さすれば自ずと、自分の方向に道筋を描けるはず。
自分の在り方を考えれば、自分を成長させる方向を知る基本となるし、
”何を変えればなお良くなるか”が見えてくるのではないだろか?
自分に対して”気付き”がないと、成長のしようも無いからな。
自分への気付きこそ、自分自身を昇華させる(一段高める)一つの術なのかも。
 
 
 
その話をしてから、そのことを考える時間が増えた。

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2007年5月15日 (火)

久々に。

腹筋して腹が痛い。
 
 
背伸びするのもつらいぜ。
 
 
 
今日もトライアゲインやで~。

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2007年5月12日 (土)

5年ぶり?

昨晩は、嫁はんと久しぶりに飯食いに行った。
嫁曰く、五年以上は経ってるらしい。
 
熟成させすぎたか。
  
  
夜遅ぅなったんやが、意外にも眠さもなく
待ち合わせ場所まで意気軒昂に乗り込んで行ったわ。
 
 
子供ができてから、マトモに二人だけっちゅーのも
なかったし、子供の面倒見ることもなかったので
嫁も珍しく酒飲んでほろ酔いでおったわ。
 
 
 
普段は
   『キー!』
   『ギャー!!』
言いあうことが多いが、
のんびりすると、お互い楽しいもんよ。

これぞ夫婦善哉。
 
 
 
次はいつになるのやら。
場所決めせんと。

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2007年5月11日 (金)

今日は。

ダウンモードやわ。
発熱&ダルビッシュ。
 
体中だるいぜ。
 
 
でも~平気っぽく見えてしまって~
誰にも分からないぃぃぃ~♪
 
 
 
さておき、
岩手の県職員の休憩時間短縮措置を
今日に。
撤回!だって。
 
もともと、おかしなやり方やったんよ~。
公務員優遇を批判されたからって休憩時間
削るって・・・
60分ぐらい取らしとったってエェやんか。
 
 
そのほかに改善するべきとこあるやろうに。
 
 
安直だわ。
それで県民が納得する、って思ってるから
変なことしか思いつかんの違ゃうんかぃ?

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2007年5月10日 (木)

親も人間。子も人間。

思いつき。
 
 
自分には子供がいるけども、自分には"親"としての自覚が無いんよね。
別に責任を放棄している、と言う意味ではなくて。
 
 
「俺はこの子の父親です」
と言う認識があらへん。とは言えど叱るべきは叱り、楽しいときは共に
楽しむ。しかも、ごく自然に何の作為的なもんもなく。
 
自分としては、”親”として接するワケでなく、かといって"友達感覚"などと
ふざけたことも思わんが、いわば人生の師としての立ち居振る舞いには
敏感になってる。
言うても接する時間が一番多い大人で、共に生活しているわけだから
自分の一挙手一投足を見られているわけやね。
せやから、自分の行動には責任と義務と権利のすべてを体現せんと
アカンと思うわけ。
人間やから間違いもありゃ、機嫌も悪けりゃアホなこと言うたり、自分が
悪いのに人のせいにしたりもする。
だが、失敗したときに”素直に謝る””反省して良い行いをする”ことも
忘れない。忘れてはいけないんや。
それも全て見られているから、子供心に印象に残って、何が大切なのかを
理解して行くんではないやろか?
人間やから、完璧でもあらへんし、けして人様には恥ずかしくて言えない
ことも仕出かしてるはず。
 
今では自分が行き過ぎたとき、子供が俺を叱ることもある。
けど、それでいいんよ。それを言われて反省して謝って・・・。
それをお互いに経験していく関係が、いまの自分の家庭やと思う。
 
 
 
 
よく、親としての"親力"とか言われるが、そんなものをバイブルにせんと
親としての責任・行動の目安を見つけられないのかな?とも思う。
 
プライベートである家庭も、仕事同様にマネジメント(監督、管理)が必要
なんてことも耳にするけど、そんなことよりも自然に苦楽を共にすりゃ
家庭なんて円満よ。作為的にそれを意識しすぎて、ロクでもない状況に
なったりするんやないかな?
  
みんな”親であるために”と言うことに意識しすぎて執着して無いか?
その前に”人間として”が大切で、なにも親の権威を守ろうとする必要は
いっさい無い。
日々の行動で、子供にはその存在が大きく育まれる、と俺は思う。
親が親であるべき、ではなく、人間として彼らに何を教え、また自分も
経験をしながら成長できれば、それで良しやで。ホンマ。
 
 
 
お互い不完全なんやから、少しでも良くなるように努力と反省をすりゃエェ。
それだけのこっちゃ。
素直な気持ち、これだけが必要条件ちゃう?

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2007年5月 8日 (火)

解雇主義。

最近アンニュイな日々を送りながらも、
締めるべきは締めているかめきち。ですじゃ。
 
 
 
表題は間違いです。正しくは懐古主義。
 
  
最近メチャ昔を懐かしみまくってまふ。
オイラの青春時代に慣れ親しんだZARDの曲ばっか
聞いてるし、着メロもそれにしたし、PCのデスクトップも
それにしちゃったし(+o+)(+o+)(+o+)
携帯の待ちうけもそれだ。
  
 
ま、なにを言いたいのかっていうと。
いいものは時代を経てもイイってことさぁ。
 
 
けど彼女ももう40前後か?
お互い年とったね。(知り合いではないが)
 
んにしても泉水チャンは綺麗だわ。
後にも先にも好きな芸能人は彼女しかいない。
可愛いと思うヤツはゴマンといるが。
不思議ね。

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最近。

このブログの番外編のほうが主になってきた感がある。
 
いかんいかん。
 
 
さて、
そろそろこのブログも分割しようかな?と思う
今日この頃ですじゃ。
 
 
 
分割したら手間増えるよな。ま、いいか。
開始当初の考えとズレが出てきた感もあるので
たぶんもう一個増やすかもぉ。

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2007年5月 2日 (水)

悩むなぁ。

明日は飲みに行く日なんで、いま場所を考えているところ。
 
 
といっても、まだ何も結論らしきものは見えてこないんよね。 
 
 
 
さて、どこにしよう。(-。-)y-゜゜゜
 
 
 
 
 
 
 
全然話は変わるけど。
昨日着メロを大幅刷新しやした。携帯の。
ちょうど月変わってポイントも復活したしね~。
気分も一新でjきた気がせんでもない。

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2007年5月 1日 (火)

やばい。

なんてこたぁ無いんやが、
 
仕事場の自分の机の書類が日増しに増えてる。
 
ヤヴァイ。
 
はよ処理せんと・・・。
 
 
 
言うなら・・・
書類の山が、六甲山→富士山 まで成長してきてる感じ。
 
 
 
ほえ。

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